お墓を持たないという選択

先日、知人が死んだら骨まで焼いて灰にして墓は造らなくてよいと子どもに伝えてあると聞きました

 

以前、私の母が死んだら韓国ドラマのように海に灰を蒔いてほしいと話した時があり

 

それは違法投棄になるから日本ではできないんだよと話した事があります

 

みんな死後までも面倒をかけたくない、でも忘れられてしまうのは淋しいと心のどこかで思っていて

 

私の両親も本家に任して墓参りにいつ行ったんだろうという感じです

 

行きたいから連れてってとも言わないし

タクシーで行く事もしません

なのでそこまで行きたい、行かなくてはと思っていないんでしょう

 

だからこそいずれ墓を持ってもそうなるんだろうなぁと気づいてはいるんでしょう

 

盆暮れになると私は主人のご両親のお墓へ足を運びます

 

行事の一貫としてという感じでしょうか

 

お墓参りをすると

 

お花は枯れ、雑草も生え申し訳なく自責の念にかられます

 

高速道路を使って車で一時間の所にあります

 

近くはありませんが遠くもありません

 

でも私も高齢になり車を運転できなくなれば行くことは不可能でしょう

 

正直、こういう状態でも墓は必要なんだろうかと思います

 

私たちの子孫になっていくと尚更近場にいるとも限らず

 

益々墓、先祖に対する思いは薄れて行きます

 

きっと私以上に感じるものがあると

 

そんな矢先、墓を持たないという知人の話を聞き

 

そうか

 

そんな選択もあるんだと

 

そういう選択があるということはきっと私のように考えてる人も増えてきているんだと

 

荒れ果てた墓に埋葬してもらって

 

儀式のようにお参りしてもらって

 

管理をなすりあって

 

なんて事になるのなら

 

もう無くても良いのではないでしょうか

 

誰のための墓なんでしょう

 

自分のため?!

 

家族のため?!

 

先祖のため?!

 

そういう風習だから?!

 

 

墓という形は無くとも

 

その時々に思い出して手を合わせてくれる事の方が嬉しいし

 

形無くとも思い出して偲んでもらえるような人になりたいと

 

もっと自分磨きをしようと思います